【信長の野望烈風伝、バグ?】なんだかよく分からない表示を発見!

写真:信長の野望烈風伝

 

このゲームをやっていた方ならパッと見ておかしいと思うかもしれませんが、宿老で勲功0というのは明らかにおかしい値です。

この現象は勧告で降伏させたときにおこる現象で、元大名がたまにこういう風にバグになってしまうことがあるようです。

 

足軽頭が勲功100になると侍大将に、300になると部将に・・・とどんどん昇進していくのですが、これだとなんだか逆戻り!?になってしまいます。

で、このまま静観すると足軽頭、勲功0に戻ってしまうという何とも意地悪なバグを発見しました。

 

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パーソルテクノロジースタッフ(旧 インテリジェンスの派遣)

武将列伝:小早川隆景

小早川隆景は毛利元就の三男で、兄に毛利隆元、吉川元春がいる。

のちに竹原小早川家の14代当主となる。

 

小早川隆景は武力、知力ともに揃っている武将であり、優れ者である。

のちに毛利家の一角を担っていくことになるのである。

 

そもそも小早川隆景は生まれた時の名は毛利隆景であった。

兄・吉川元春も、毛利元春であった。

毛利両川体制で父、元就は毛利元春を吉川家の養子に出して毛利元春は吉川元春と改名、毛利隆景は小早川家に養子として出して、小早川隆景になった。

その後は豊臣家に仕える。秀吉からもかなり信頼されていた。

晩年は弟の穂井田元清と、

「どちらが先に死すか」

と語り合ったという。

 

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長篠の戦いの時の織田信長三段戦法などの実態について語る。

どうも、こんにちは。

今回は織田信長が長篠の戦の時に使った大量の鉄砲について語ります。

 

まず敵である武田勝頼が惨敗したのは事実です。

その際に馬防策の後ろに鉄砲隊を配置した訳ですが、その鉄砲隊を3隊に分けて3回に分けて撃たせた。

その数あわせて3000ということなんですが、これの実態はどうなんでしょうか?

(ここから下はあくまで僕の意見です)

ちなみに鉄砲隊を3隊に分けた理由は継続的に敵に発砲するためです。

弾を撃っている間に後ろの奴らは弾ごめしてろ!って感じですね。

 

ここからが本題。

鉄砲隊の兵数が3000ということですが、これはあくまで現地の農民なんかが派手に描いたと思われます。

そもそも鉄砲を3000調達するのは大変ですし、鉄砲を確実に撃てる人間を3000人用意するのは極めて大変です。

鉄砲の練習をさせるにしても道具を消耗しますので、3000人育てるのは極めて難しいと思います。

せいぜい半分の1500人とかじゃないですかね。

 

ちなみにここで武田信玄が生きてたらどうなっていたでしょうか?

(武田信玄は1573年に死去しています)

 

たぶん鉄砲隊に真正面から突っ込まなかったと思います。

横に回り込むとか。そうすれば防御はありませんからね。

武田勝頼は頭はあまりよくなかったそうなので、そういうところで有名な父親との違いが出たのかもしれません。

この戦いの結果武田騎馬隊の有名武将、飯富昌景は戦死。馬場信房も戦死。内藤昌豊も殿軍となり戦死。「逃げ弾正」高坂昌信はかろうじて逃げたといいます。

その他真田昌幸の弟にあたる真田信綱も被弾して戦死します。

しかし別の場所の守備をしていた春日虎綱などは戦死していません。

 

一方、織田、徳川連合軍の方は戦死武将は一人もいません。戦死した兵隊も数十人程度です。

「馬防策の前には一切出るな」という命令が功を奏しました。

 

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